ga.js



  • ウィーンツアー2009

長野県合唱祭 in Wien

合唱連盟50周年

記念事業としてウィーン楽友協会大ホールでの演奏会が企画された。長野県民文化会館と楽友協会ホールとの姉妹提携25周年にもあたる。
当初、参加者が集まるだろうかという不安もあったが、200名以上の申し込みがあり、1年前から練習が開始された。児童合唱、単独の女声合唱、合同の女声合唱が2つ、混声合唱、全員合唱に別れて練習が行われた。私は混声合唱を担当、日本(長野県)らしい選曲ということで、武満徹の「うた」より三曲を取り上げた。しかし、練習になかなかメンバーが揃わず、不安を抱えて毎回の練習を行った。
2008年9月、長野県民文化会館で、演奏会。ようやく、メンバーがまとまり、一安心。
しかし合唱のクオリティはまだまだであった。結局、出国まで不安は残った。

ウィーンへ

2009年1月4日、成田空港集合。今回は3つのグループごと別の飛行機で出発である。私の参加する6日間コースはスイス航空だった。
チューリッヒ空港で乗り換えであった。ウィーン行きの飛行機が遅れ、ウィーンに着いた時はもう夕暮れであった。

楽友協会ホール

1月5日、私たちは楽友協会大ホールに立った。数日前、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートが全世界に放映された舞台である。黄金に彩られた彫刻、シャンデリア、パイプオルガン・・・格調の高さに圧倒される。
内部は録音も撮影も一切禁止のため、画像はない。
さっそく、合唱団の位置決めを行い、演奏をしてみる。
驚いた!素晴らしく響く。あれほどの響きのコンサートホールを私は日本では知らない。音楽の都の歴史の刻まれたこのホールには音楽の神がいるに違いないと思った。
練習の時の不安はここでぬぐい去られた。

1月6日、本番当日、郊外のヤマハホールで最終練習。ウィーンにホールがあるとはさすが、世界のヤマハである。良く響く素敵な会場だった。
夕方、いよいよ楽友協会ホールへ。
続々とお客さんが集まってくる。いよいよ本番、客席は満員である。ステージ脇まで、お客さんで埋まっている。そして、満場の鳴り止まない拍手・・・感動だった。
1月6日はヨーロッパは祝日、これほどの聴衆を集めてくれた地元のマネージメントに感謝である。

ほんの少しの観光

1月7日、楽友協会へ表敬訪問。理事長のアンギアンさんと懇談する。今後の更なる交流を約束してくれた。
応接室には、ブラームスやブルックナーなど作曲家の肖像画がぐるりと飾られている。
さすが、である。


ブルックナー




午後、ウィーン郊外の中央墓地に行った。音楽家の区画には、ベートーヴェン、モーツアルト、シューベルトの墓碑が並んである。(モーツアルトはここには埋葬されてないそうである。)その脇にはブラームス、ヨハンシュトラウスが、裏にはフーゴーヴォルフの墓碑があった。
偉大な芸術家の墓参が出来たことは今回のツアーで何よりであった。
それにしても寒かった。氷点下10度はあるだろう。




夕方、ウィーンの中心部へ。オペラ座からシュテファン寺院に向かってケルントナー通りを歩く。イルミネーションが美しい。シュテファン寺院もライトアップされていた。
ウィーンでも最古からあるレストランといわれる、グリーヒェンバイスで夕食。このレストランにはモーツアルトやベートーヴェンのサインが書かれた部屋がある。(本物かな?)ビスマルクもあった。パヴァロッティもあった。
ワインも美味しく料理もボリューム満点・・・このツアーで確実に太った!

帰国

1月8日早朝にウィーン空港へ。ウィーン滞在中一度も現れなかった太陽と青空である。このあと、ザルツブルクとプラハにオプション旅行した仲間達はきっと晴天でラッキーだったに違いない。私たちは再びスイス航空機にてチューリッヒ経由で成田へ。

短いツアーだったが初めてウィーンを訪ねることができた。何時の日か、もう少し準備をきっちりして合唱団とともに再び行ってみたいものだと思った。




ウィーン市庁舎のレストラン

シェーンブルン宮殿

シューベルト像(中央公園)

シュテファン寺院前

ウィンナーシュニッツェル

ヨハンシュトラウス

ケルントナー通り

ウィーン国立歌劇場

ブラームス

フーゴーヴォルフ

シューベルト

グリーヒェンバイス